大学 学部 学科 氏名 出身高校
京都大学 農学部 資源生物学科 M.K. 洛北
京都大学 総合人間学部 近藤 諒治 西京
京都大学 工学部 情報学科 喜井 隼大 堀川
京都大学 法学部 石川 貢太郎 洛南
京都大学 農学部 食品生物科学科 富樫 元 洛星
東京大学 理科一類 内藤 大嗣 東大寺
一橋大学 社会学部 藤井 慶一朗 西京
大阪大学 工学部 電子情報工学科 松尾 満生 堀川
大阪大学 経済学部 佐々木 颯 西京
大阪大学 法学部 国際公共政策学科 岩附 俊作 高槻
大阪大学 外国語学部 上尾 悠真 立命館
大阪大学 外国語学部 藤沢 悠河 洛北
神戸大学 経営学部 永田 悠飛 洛星
神戸大学 経営学部 塩田 智基 洛南
東北大学 工学部 機械知能・航空工学科 井上 馨人 堀川
京都工芸繊維大学 工芸科学部 情報工学課程 野河 響右 守山
名古屋市立大学 医学部 医学科 嘉陽田 雄太 北野
大阪医科薬科大学 医学部 医学科 稲垣 有紗 同志社
福岡大学 医学部 医学科 堀江 帆南 洛南
早稲田大学 人間科学部 人間情報科学科 南 大智 洛星

合格者の声

京都大学農学部資源生物学科合格 M.K. 洛北高校

私は、中1の秋から松谷先生にお世話になりました。私は、もともと数学が苦手で好きでもなかったので、高2までは塾にとりあえず通っている感じで、数学は学校でも塾でもできていない方に入っていました。塾の予習も、学校の授業中の内職とバスの中でしていて、今から考えると数学の成績が伸びなかったのも当然だったなと思います。松谷先生からもチクリと嫌味を言われることも多かったのですが、なぜかやる気が出ませんでした。さすがに高3になってからは、勉強時間も増えて、数学にもちゃんと取り組むようになったのですが、それで今までの怠惰を取り返せるはずもなく、演習2では結構な確率でドベでした。しかし、英語と国語が得意だったため、夏の冠模試では、B判定をとることができ、数学が200点中33点でもなんとかなるんやと思い、英語で生きていくことを決意したのですが、秋の冠模試は、英語が大ゴケし、オープンD判定、実戦E判定を取ってしまいました。(悪すぎて、実は先生にも言っていない) 親にも京大は諦めろと何度も言われたのですが、先生が説得してくださったおかげで、京大志望は辞めずに済みました。結果、京大に受かることができたので、本当に松谷先生には、感謝してもしきれません。
ギリギリ合格できた要因を私なりに考えてみたのですが、一つには得意教科を作っていたこと、もう一つには共通テストで成功したことがあると思います。(あと、受験は結構運の部分も大きい気がします。)私は、英語を高3に上がるまでにある程度仕上げていて、秋模試では失敗してしまったのですが、英語の成績は安定していたと思います。よく言われることですが、どの教科でもいいので、ある程度自信が持てる教科を作っておくべきです。また、共通テストに関しては、京大志望の人は、足切りに引っかからない程度で良いと考える人が多いのですが、二次に自信がない人は、共テでしっかり取っておく方が良いです。農学部は第六志望まで書けるのですが、実際、私は、第一志望の食品と第二の応生はすべっているので、共テを取っていなかったら本当に危なかったです。また、出願を迷ったり、足切りに不安にならないためにも、目標点数は高めに設定しておいた方が良いと思います。
先生から、まつたに塾の宣伝もしろと言われているので、ここからはまつたに塾の良いところを書きます。まず、授業に関してです。1クラスが多くても15人くらいなので、先生に自分の答案を見てもう機会が多く、自然と答案を書く力がつきます。また、演習では講義というより、自分で解いていく方がメインなので、考える力も授業中に養えます。次に、先生自身についてです。先生はよく相談に乗ってくださいました。私は、計画を立てるのが苦手なので、どの教材を、どれくらい、いつまでにやるのかというのを、一緒に考えてもらっていました。今から考えると、私は高3の最初の時点で、だいぶ周りと比べて遅れていて、やるべきことが多かったので、自分1人で考えて、学習を進めていたら、正直間に合っていなかったと思います。本当に先生にはお世話になったので、合格発表の前は、落ちたら合わせる顔がないと思い、怖かったです。先生がいなかったら、本当に合格出来なかったです。松谷先生、長い間お世話になりました。ありがとうございました!!

ギリギリ合格へのすすめ
私は、高3の最初の時点で、京大合格からはほど遠く、高3の一年でかなり上げた気がします。この一年に関しては、誰に対しても胸を張って言えるくらい勉強しました。勉強時間はかなり多かったのですが、それでもなぜか時間がなかったので、最低限のことしかできていません。役に立つかわからないですが、私がどの時期に何をやっていたかを最後に書いておきたいと思います。本当にギリギリ間に合った感じなので、どの教材も私より早めにしておいた方が安心だと思います。
...

(※松谷注 ギリギリ合格はすすめないで欲しいと思いますが(笑)、忖度なくいろいろ書いているところも彼女らしいですね。かなりいろいろな科目のいろいろな対策について彼女なりに後輩を思って書いてくれていますね(他の予備校のこともいっぱい(笑))。志望校のことは、実際には彼女の気持ちを少しだけアシストしたくらいで、あとは強い気持ちで試験に臨んでいました。そうはいっても、結構厳しい勝負だったとは思いますが、共テと二次の本番にばしっと発揮して超えていくなんて勝負強かったなあ!)

京都大学総合人間学部合格 近藤諒治 西京高校

僕は2年の夏にまつたに数学塾に入塾しました。入りたてのころは意識がだいぶ低く、復習もほとんどしておらず、松谷先生に厳しい言葉をかけられたことを覚えています。その意識が変わったのは高校3年になったあたりでした。遅すぎるとは思いますが。そのころには英語も理科も全くできませんでした。3年6月頃に受けた駿台模試では偏差値が50もありませんでした。そのとき模試の結果を初めて松谷先生に見せました。その成績から京大を目指すのは誰が見ても無謀だったと思うのですが、松谷先生はどの参考書をやるべきかアドバイスと励ましの言葉をくださりました。そのアドバイスのおかげで何をいつまでにするべきか目標が明確になり、より勉強に力を入れることができたと思います。夏の冠模試では河合のオープンは余裕のD判定(1番悪い判定)、駿台の実践ではE判定と合格圏内には遠く及びませんでしたが、松谷先生におすすめされた教材を着実にこなすことで秋の模試ではなんとかC判定まであげることができました。
直前演習ではミスが重なり、思うような結果が出せませんでしたが、本番ではそのミスを意識することでいくつかミスを防ぐことができました。(※松谷注4完半したようです!)
合格することができたのは数学で稼げたおかげであり、松谷先生には感謝してもしきれません。また、数学だけでなく他教科についても相談に乗ってもらったり、アドバイスも貰えるところもまつたに数学塾のいい所だと思います。1年半、本当にありがとうごさいました!!

後輩へ
まつたに数学塾でやったプリントは完璧にしてください。できるだけ細部まで読み込んだほうがいいと思います。かなりの時間と体力が必要だとおもいますが、それをきちんとするだけでかなりの数学力がつくと思います。僕は数学は塾のプリントと過去問だけやっていました。
英語はできるだけ早めに完成させるべきだと思います。特に単語。着実に積み重ねた人が強いです。
理科は名問の森と化学の重要問題集、新演習がおすすめです。解説を読んでちゃんと理解することが大切です。
苦手教科がある人はその教科をしっかり勉強しましょう。驚くほど成績がのびると思います。僕は夏と秋の模試を通してそれをとても実感しました。
今の成績が悪くても自分を信じてちゃんと努力すれば合格は見えてきます。そこで諦めれば絶対に合格することはないと思います。頑張ってください!!

(※松谷注 彼は、本当に相当の実力はついていましたが、塾の直前演習でかなりのミスをし続けていたんですね。でも本番のためにそのすべてのミスをつなげて欲しいということを、最後の答案の返却を取りにきたときに直接伝えて、ただただ祈っていました。そうしたら、見事に、本番では直前演習でミスしたのと同じ問題でのミスを防ぎ、整数問題において塾で終盤に取り組んだ問題との類似性に気づき、さらに、終了1分前に最後の確率の問題の符号ミスに気づき修正するということをやってのけてくれました!!たとえ現状が目標と距離があっても、誠実な取り組みをし続けて、諦めずまっすぐ目標に向かっていけば、可能性があるということを身をもって体現してくれたと思います。本当に最高の受験生の一人だったと思います!)

京都大学工学部情報学科合格 喜井隼大 堀川高校

僕は現役合格ではなく、1年間別の大学に通ってからの合格という特殊なケースですが、他の人に役立ちそうなことがいくつかあるので、それらも含めて書いていこうと思います。

僕は高2の初めにまつたに数学塾に入りました。高2の間は部活などに打ち込んでいて、あまり勉強勉強といった感じではなく、ペースメーカーのような感じで通っていました。
なんと僕は高3になっても勉強に身が入らず、当然のように東大に落ちてしまいました(これで受かったら東大受験生に失礼ですね)。後期の大学に進学する約束を家族としていたので、そのまま京都工芸繊維大学に入学しました。
工繊では良き友人に恵まれ、普通の人ならそのまま大学生活を送ると思いますが、僕は受験の不完全燃焼感とある種のコンプレックスに苛まれたままで心から大学生活を楽しむことができず、このままではいけないと考え、再受験を決意しました。夏に受けた模試では今までで最も良い成績が出て、家族にも受験を許可してもらえました。(A判定ならOKという約束でしたが、数学が下振れたのにも関わらずB判定を取ったので特例で許可が出ました)
それで油断したのか秋の模試でD判定を叩き出し、本格的に焦りがでてきました。
この焦りのおかげで、受験勉強により一層集中し、共テも二次も実力を出し切って合格できました。

今回合格できたのは、家族や高校、塾同期の友人の応援、何より松谷先生のサポートがあってこそだと本心から思います 。
家族の皆が後期で進学する約束を反故にするような再受験について、最終的に許可してくれたことについて、感謝してもしきれません。
高校の友人や同期のチューターには共通テスト後に打ち明けました。どういう反応が来るか不安だったのですが、誰も再受験に否定的でなく、とても応援してもらえたので、かなり二次試験への勉強の励みになりました。
松谷先生にも共通テスト後に打ち明けました。それだけでなく、直前演習に参加させてくれないか、と無理なお願いをしたのですが、快く受け入れくださり、受験が終わるまでかなりのサポート、応援をしてもらえました。もちろん、再受験の期間だけでなく、高2、高3の時期にも様々なアドバイスをいただいたことは感謝してもしきれません。

冒頭で、この時期はペースメーカー云々と述べましたが、ほとんどの人にとって、塾の役割はこれに尽きると思います。まつたに数学塾はその意味で塾としてこれ以上にない役割を担ってくれたと思います。(数学力を保てたのは塾で身につけた基礎体力あってこそです)

参考になるかわかりませんが、各教科のアドバイスも書いておきます。
国語
古文単語は、webサイトのテストなどで高速で周回することで素早く定着させられると思います。暇があればやることをオススメします。現代文は、まず傍線部の近くを確認→無理そうなら本文を通した理解を問うている可能性を疑って後回し、というルートで解くといいかもしれません。

数学
最終的には東大や京大だろうが他の大学だろうが、いかに計算ミスをしないかの勝負になるので、普段から計算ミスで悩んでいる人は、普段から検算をすること、そもそも筋肉的な解法に頼りすぎないことを意識して演習を積んでください。(※松谷注 本番でもミスを防いで4完半したということですから、その意識参考になりますね!)

物理
疑問などを残したままにすると死ぬ教科なので、友人や先生、ネットなどをフル活用して疑問を解消してください。直前期には、よくある設問の流れに慣れ(立式→考察など)、過去問で十分な演習を積んでください。
仮面浪人について、自分がやったからだろ?と思われるかもしれませんが、僕的には全然悪い行いではないと思います(自主的にするのは絶対にオススメしません。純粋に浪人した方が良いです。)
家族のありがたみなどをきちんと自覚できていて、諸事情で浪人できなかった人は検討してみても良いかもしれません。

最後に、
家族、友人、松谷先生への感謝を述べて体験記を締めたいと思います。
本当にありがとうございました!!!!

(※松谷注 少し変わった例かなと思いますが、工学部情報学科合格は決して甘くないので、。しっかり積み重ねた数学力があったからこそ見事な結果を出せたのかなと思います!いろいろ経験した彼はさらに深みをもった青年になったんじゃないかなと思います!アドバイスも後輩のためを思ってしっかりしてくれていますので、生徒さんはぜひいろいろと吸収してください!)

京都大学法学部高校 石川貢太郎 洛南高校

僕は中1で稲荷塾に入った時から松谷先生にお世話になりました。入る前は数学はかなり苦手でしたが、早い段階で克服できたことで他の教科にも余裕が出て良かったと思います。僕は文系なので、数学でアドバンテージを稼げるのはとても大きかったです。一つでも自信のある教科を作っておくと、精神的にも楽なので大事なことです。けれど、その1教科頼りだとそこで失敗した時に取り返しがつかなくなるので、あくまでも全体的な底上げは必要だと思います。
僕の共通テストの結果は思っていた点数には届きませんでした。英語と国語は良かったものの、社会と理科が想定よりもかなり低く、少し落ち込みました。けれど、全教科うまく行くことはかなり稀なので、完璧に拘らず、全体として一定のレベルに収められるような演習が大事だと思いました。また、二次試験では数学がかなり難しく感じ、いつもなら3問目に入っているはずの時間でまだ1問しか解けておらず、焦って頭が真っ白になりました。しかし、そこで全問解くことに拘らず、残り時間を選んだ2問に集中させたことで、なんとか3完まで持って行くことができました。これは、過去問演習を通じて、どのくらいの難易度なら何問解ければ良いのか、の感覚がある程度身についていたからできたことだと思います。なので過去問に関してはどの教科もある程度演習を積んでおくことは必要だと思います。特に、僕の場合は英語が苦手だったので過去問は20年分ぐらいはやって、特に復習をしっかり行ったことが糧になったと思います。
まつたに塾で良かったと思うのは、まずそれぞれの範囲の要点をとらえた問題の演習によって、最短で理解に繋げることができる点です。数学が苦手な人や得意な人、得点源にしたい人や最小限の失点にとどめたい人、いろいろな人にとって有効な学習が可能だと思います。また、課題がそれほど多くないので拘束時間が少ないこともよかったです。受験に必要なのは数学だけではないので、他の科目の勉強時間も必要ですし、高校3年間を塾などの勉強だけで費やすのはもったいないので、高校生活をそれなりに楽しみつつ、受験に向けてもしっかり対策できるので、効率的な受験ができると思います。実際、僕はまつたに塾と学校の勉強だけで受験を乗り切ることができました。また、少人数制ならではの手厚さや個人に合ったカリキュラムを選択できる点も良かったと思います。全てが終わってから、僕が自分にとっての合格への最短ルートを歩めていたことを実感しました。まつたに先生ありがとうございました。

(※松谷注 いやあ中1からなので長い間見ていましたが、本当にしっかりと計画的に乗り越えていってくれたなと思います。学校もしっかりした学校なので、塾はうちだけと決めていたのもなんだか彼らしいなと。間違いなく大学以降でもさらに成長していくことが想像できます!本当に安心して見ていられる最高の生徒だったなあ!おめでとう!!!)

一橋大学社会学部合格 藤井慶一朗 西京高校

僕が松谷数学塾に入塾したのは高1の春頃でした。中高一貫校の内進生だった僕は、中学の時にそこまで勉強しておらず、数学は苦手教科の一つでした。塾に入ってからも、数学に対する苦手意識は変わらず、数学を避けたい一心で文理選択で文系を選びました。そんな僕が文系の大学の中で1、2を争うほど数学が難しいと言われている一橋大学に合格できたのは間違いなく松谷数学塾のおかげです。 その中でも、自分のためになったことは、この塾独自の環境です。それは、チューターの先生か松谷先生が半径5m以内にいる自習空間と、自分より下の学年の生徒が多い授業です。
学校や他の塾でも質問できる先生は居ましたが、職員室や質問場所に行くのは面倒、というか正直行く勇気がありませんでした。初歩的な質問だったらどうしようとか居なかったらどうしようとかつまらないことを考えて、少しも勉強が前に進まなかったのです。それに対して、座った状態で少し勇気を出して声をかけるだけで自分の疑問を一瞬で解決できる自習空間は非常によかったです。予習の際に根本的に数式や方法を理解してから、問題に挑む反転授業とも噛み合って、僕の数学に対する理解は一気に進んだと思います。
また、松谷数学塾の授業は本人のやる気や理解度によってどんどん先のことができるので、自分より下の学年の人も結構多いです。僕が「数学をもっと頑張らないと、やばい!」と思い始めたのも、高2になって授業に中学の時の部活の後輩が現れてからでした。知ってる後輩には負けたくないというプライドで、質問する回数も増えて、授業の復習も始めるようになりました。授業で他の人の出来具合がすぐ分かることで、心の中でライバルを作ったり、危機感を持てることもこの塾の良いところだと思います。
他にも、先生の棚には参考書がたくさんあるので、自習の息抜きとして読んでみたり、参考書選びに困った時に一度中身を見て考えることができます。先生も相談に乗ってくれるので、僕は、それをもとに買った参考書で英文法を固めました。
これから松谷数学塾で学ぶ後輩の皆さんには、こんな数学を学ぶ上で最高な環境を最大限活かして、受験に向かっていってほしいなと思います。
最後に、冒頭にも書きましたが、僕が一橋大学の数学に立ち向かえたのは間違いなく松谷数学塾のおかげです。松谷先生とチューターの先生方、3年間ありがとうございました。

(※松谷注 そんな意識の変遷があったんだなあと。本当に入塾時からの変化がもっとも大きい生徒の一人だったと思います!みごと今年の超難化した一橋大の数学にも対応して合格にたどり着いてくれました!!)

大阪大学工学部電子情報工学科 松尾満生 堀川高校

僕は小学5年生のときに稲荷塾に通い始めました。中学3年生の頃高校受験のために休塾させてもらい、高校1年生になって稲荷塾に通っていた頃にお世話になった松谷先生がまつたに数学塾として独立されるということを聞いて自分の学校からも通いやすかったので再び入塾させていただきました。稲荷塾時代、中学数学は特に引っかかるところもなく勉強を進めることができました。けれど、中学2年生のときの高校数学は本当に大変だったのを今でも覚えています。当時の僕には高校数学というハードルがとても高かったように思えます。なので、数ⅠAを1年で2周しました。それでもなかなか内容を理解するのが難しかったです。
しかし、休塾中、3年生の高校受験で少し勉強に疲れたときに、高校数学のことを考えていると、なぜかそこでだんだん高校数学を理解することができました。そのこともあって、堀川高校に入ったタイミングで、再びまつたに数学塾の方に入塾させていただき、数ⅡBの授業に入りました。そこでは中学とは異なり、難なく勉強を進めることができました。松谷先生も自分の数学の理解力の飛躍に驚いてくださり、ブログで触れてくださったことはとても嬉しかったです。そのまま、高1で数Ⅲを終わらせ、高2で演習1を終わらせました。
最後の1年は阪大に合格することだけに集中しました。学校では合格点分しか教えてくれない数学の授業も、まつたに数学塾では合格点分+αを学ぶことができたので、数学を得意教科として受験で戦うことができました。この+αの部分は本当に大きかったです。受験当日は学力以外の面も意識して、大問ごとの時間の割振りや余白の使い方、解く順番も決めていたので特に焦ることなく受けることができました。自分にとってまつたに数学塾の影響はとても大きかったと感じています。模試でも数学だけは必ず高い偏差値を維持することができたので、他の教科の勉強の割合を増やすことができました。周りの賢い生徒のみなさんにもだいぶ刺激を受けました。松谷先生が他の生徒と模試の結果を話されているのを聞くと、自分も本当に頑張らないといけないなと思う毎日でした。数学で挫折しかけていた時期もあったのですが、この塾のお陰で楽しく数学を学ぶことができました。松谷先生のご指導がなければ阪大に合格することは叶わなかったです。松谷先生、長い間、小学5年生から8年間、本当にありがとうございました。

(※松谷注 人ってどのように成長するか本当にわからないですよね。昔から見ていた彼が数学が好きになって得意になってくれてそれを武器に自分の好きな道、目指した道に進むところまで見守れて本当に幸せです。きっと将来も目指した道で活躍していってくれると思います!本当におめでとう!!)

大阪大学経済学部 佐々木颯 西京高校

僕が初めてまつたに数学塾に足を踏み入れたのは、高2のクリスマスぐらいでした。当時勉強そのものに全く手をつけていなかった僕は、体験として何問か数学の問題を解かせてもらい、ほぼ全く太刀打ちできない状態でした(学校で履修した範囲もまともに解けていませんでした)。その後の三者面談で、松谷先生に「こんな状態では到底現役合格は無理、絶対に間に合わない」と、ボコボコに怒られました。この松谷先生の叱咤が、まつたに数学塾に入塾しようと決心した理由でした。中には高校名を言っただけで入塾できる塾もある中で、個人で経営されている塾の先生が、半ば難関大受験を諦めさせるようなことを入塾前の学生に正直に言うことがあるんだと、塾の利益ではなく、僕自身のためだけに初対面の生徒に怒ってくれる先生がいるんだと、当時の僕はいたく感動し、絶対にこの先生についていこうと帰り道に思ったことを今でも鮮明に覚えています。その後入塾の意思を先生に伝えたところ、冬休みで数ⅠA、数ⅡBを完成させろとテキストをいただき、高校の授業の微かな記憶を頼りに、なんとか冬休みでその二つを不安定ながら完成させました。その後に終盤の数ⅢCの授業に合流して、一発目の授業が「定積分と不等式」という分野でした。数ⅢCの考え方が全く身に付いていなかった僕は解説を見ても何を言っているのか全くわからず、お先真っ暗な状態でした。その後も手探りの状態が続き、なんとなく自分の中で数学が形になってきたなと感じたのは8〜9月だったと思います。自学のみだった数ⅠA、ⅡBの分野を演習1である程度再履修したことで、算数ではなく数学の考え方が一通り身についたんだと思います。しかし、依然として他教科は全く伸びていませんでした。元々受験勉強のスタートが遅かった僕は、早々に物化に見切りをつけ、京都大学の理系経済を目指していたのですが、倍率、募集人数共にギャンブルすぎる学部だったので、11月の京大模試で思うように結果が出なかったこともあり、阪大の経済学部を目指すことにしました。阪大の経済学部には、共テ90%二次10%の配点でとってもらえるA配点というものがあったので、12月序盤からひたすら共テの勉強をしていました。京大二次という遠い壁を模索しながら勉強していた以前と比べ、明らかに難度の落ちた共テの勉強は、やればやるほど点数が伸び、やればやるほど理解できたので、この時期は勉強を楽しめていた気がします。12月は友達と勉強時間を競っていたこともあり、間違いなく人生で一番勉強をしていたと思います。しかし、12月の無理が祟ったのか、年が明けてから体調を崩し、1月、2月とほぼ勉強ができない状態に陥りました。共テは勉強しなくなってから二週間ほどで行われたので、なんとか目標得点を取ることができたのですが、12月までで共テ対策しかしてこなかったので、まともに二次対策できないまま本番を迎えることになってしまいました。こんな状況を救ってくれたのは数学でした。得点開示は現時点で見れていないので確実にそうとは言い切れませんが、国語も英語も全然時間が足りなかった中で合格できたのは間違い無く数学のおかげだと思います。阪大経済は文系なので、数ⅢCを使うことはなかったのですが、数ⅢCを履修していたことで、本番の積分の問題を他の受験生よりも簡単に感じられました。僕は胸を張って「まつたに数学塾、松谷先生のおかげで合格できました!」と言い切れます。一年間という短い期間でしたが、本当にお世話になりました。ありがとうございました!!

(※松谷注 最初面談でぼろくそに言われてからの数学の爆伸びからの、直前での受験諦めるかどうかレベルの体調不良。そのなかでもなんとかたどり着いた試験場で救ってくれたのは1年間積み重ねた数学だったそうです!(おそらく満点!)波乱万丈の受験生活でしたが、なんとかやり切ってくれました!本当に諦めずによくやったなあ!!)

神戸大学経営学部 永田悠飛 洛星高校

僕がまつたに数学塾に入塾したのは高2のはじめのころでした。
塾に通いだして最初は数ⅡBのクラスから始めたのですが、最初のころは中高一貫校に通っていて一度は学校でやっていたということもあり、そこまでしっかりと予習復習などをしていなくてもついていくことができていました。そのため、その頃はそんなに本気で勉強しなくてもこのまま何とかなるんじゃないかという甘い考えを持っていました。
しかし、高2の下半期に数ⅡBのクラスが終わり、演習1のクラスに入ってからはそんな考えでは全く通用しなくなりました。演習クラスになって問題のレベルも上がり、1、2週間で1単元が終わるというスピードにも対応出来ず、授業内での問題演習では1問も解けずに帰るということもありました。その結果、年度末の直前演習では得意な分野の問題が出た時は解けるがそうでない時は一桁の点数を取ることもあるという事態になってしまいました。
そこでようやくこのままではマズイと今までの考えを改め、高3になってからの演習1のクラスでは毎週の予習復習をしっかりとするようになりました。
具体的には、今週は得意な分野だから何問以上解いてやろうとか、苦手だけど最低何問は解けるようにがんばろうなど、毎週小さな目標を立てて授業に臨むことで勉強のリズムを作っていきました。
神戸大学の文系数学というのはそこまで難易度が高いものではなく、塾で普段解いていた問題の方が難しいものもあったため、数学に関しては絶対にほかの受験生よりできる、という自信を持って受験することができました。
僕はそんなに積極的なタイプの生徒ではなかったため、塾のシステムをフル活用することはできていなかったかもしれませんが、そんな僕でも予習復習をしっかりして授業を受ける事で合格に必要な数学力を身に着けることができたと思っています。まつたに先生2年間本当にありがとうございました‼

(※松谷注 きっと文系入試では数学が武器になるというレベルまで来ていました。それを発揮できて良かったです!文系理系なども途中迷いながら、しっかり考えて、自分で決めた大学、学部なので、大学でもきっと良い学びを継続してくれると思います!!)

京都工芸繊維大学工芸科学部情報工学課程 野河 響右 守山高校

僕は高校1年生の春に入塾しました。最初はちゃんと復習をしていたのですが、部活が忙しくなるにつれて疎かになり、完全に腑に落ちるまで復習できず、微妙に理解したまま単元をすすめてしまいました。結果的に僕が受験に真剣に向き合い始めたのは、部活が終わった高3の夏休みからでした。まず僕は、松谷数学塾の合格体験記で、数1~数3までの教材を総復習したら高得点がとれたという人がいたので、僕も教材を総復習することにしました。そしたら本当に共テの数学で9割とれるようになって驚きました。
ですが、僕は取り掛かるのが本当に遅かったと思います。無機化学や地理、国語(古文単語と文法はだいたい授業で覚えてました)、情報は遅くからでも伸びましたが、物理や有機化学、理論化学は早くからやっていないと基礎を固める時間が十分とれず、伸び悩んでしまうと思います。(英語は、松谷先生にアドバイスを受けて、高1のときからやっていたので助かりました)
結果的に共通テストでは、理科が間に合わなかったことや数学のマークミスなどで、ボーダーには届かず、共テリサーチの判定もC判定やE判定だったのですが、京都工芸繊維大学は2次の配点が高く、しかも2次の数学の配点が1番高かった(共テ:475 2次:700 内数学:300)ので、松谷数学塾で培ってきた数学力を信じて、出願を決めました。
今振り返れば、僕のこの時の決断は間違ってなかったと思います。共通テストで点数が取れても、2次試験があまり得意でないという人が多いということを聞いたことがありました。しかし、僕は松谷数学塾で1年生から2次試験を見据えた問題をたくさん解いてきたので、記述力や2次試験の問題を解ききる力がついていて、本番の数学で他の人と差をつけるとこができたのだと思います。
僕は高校から1時間以上かけて通っていたのですが、部活を頑張りながら、志望大学に現役で合格出来たのは、松谷数学塾のお陰だと思っています。分からないところを丁寧に指導して頂いたり、ほかの教科の勉強の仕方を教えて頂いたり、松谷数学塾で学ぶことができて本当に良かったです。 松谷先生、3年間ありがとうございました!

(※松谷注 いやあ本当にギリギリ起死回生のホームランを打ってくれました。報告を聞いたときには、まじか!やってくれたな!!!と歓喜でしたねえ。危なかったとは思いますが、なんとか部活と受験両方をやりきった最高の学生生活を送れたんじゃないでしょうかね!!大学でもきっと頑張ってくれると思います!)

名古屋市立大学医学部医学科 嘉陽田雄太 北野高校

僕は高校1年生から松谷さんに教えて貰いました。僕は大阪に住んでいて大阪の高校に通っていましたが、中学、高校で同じ部活の先輩がいてその先輩に勧められ松谷さんの体験に行ってみたことが僕が松谷さんに教えて貰うことになったきっかけです。高校受験が終わってすぐの受験モードから抜けていない、意識高い時期に松谷さんと出会えたことが僕の大学受験合格のキーポイントだったなと思います。松谷さんに出逢えたことも今思うと奇跡に近いし運命だったと感じています。少し時期が遅かったら塾に入るのは面倒だと感じていたと思うし、高校数学を2年終了時点で網羅する事も出来なかったと思います。正直、数学にはかなり自信があり得意だと思っていました。高校3年間数学で困らなかったのは松谷さんでしっかり教えて貰ってたからだと思います。松谷さんの教材は要点だけを抑えたもので分量が比較的少ないので僕は好きでした。高校生活は部活や友達との遊びで忙しく勉強にあまり時間を割きたくない中で松谷さんに通い数学を短時間で学べたことは大きかったです。
僕の大学受験にとって1番大きな課題は理科だったと思います。3年生の夏の共通テスト模試では30.40点で2つで70点しかありませんでした。焦りました。松谷さんにも理科やった方がいいと言われました。ここから僕は理科にシフトしました。言い訳にしかならないのですが、8月までは部活があり、平日は毎朝6時半には家を出て朝練に行き夕方も3時間程部活があり、土日は試合で遠征も多く、土日一切勉強できない時も少なくありませんでした。部活引退後の時間が出来たタイミングで受けた模試で理科の点数が上記のようになり絶望しました。普通に考えたらどうしようもない点数です。僕は勇気を持って理科に全振りしました。すると理科が出来るようになりました。2次試験では理科も満足いく結果を残せたと思っています。なぜ、僕が理科を得意に出来たかと言いますとそれは間違いなく、英数、特に数学に不安が無かったからです。松谷さんに数学は大丈夫と言って貰って、松谷さんのことをめっちゃ信用してたのでじゃあ大丈夫って思って集中して理科に取り組めました。僕は決して松谷さんに言われたことを全て完璧にこなせたとは思っていません。数三が暗記要素が強くて面白くないと感じ復習を怠ることもありました。授業の予習が出来ていないこともありました。松谷さんは気付いていたと思います。そんな僕に対して松谷さんが厳しく言葉を投げかけたことを僕は1度だけ覚えています。それは高校二年生の夏くらいの話です。模試の成績が悪く、それまでの学習に対する姿勢を指摘されました。僕は人に怒られるのも慣れていてあまり何も感じない性格なのですが松谷さんからの言葉は心に響きました。やらないといけないと強く感じました。松谷さんの言葉は胸に響きます。僕は最後の直前演習で思ったような点数が取れませんでした。焦りよりなんでなんやっていう気持ちが強かったです。点数に思考が繋がらないことが多くやり切れない気持ちでした。松谷さんはそんな僕に毎回のテストで激励の言葉をかけてくれました。非常に心強かったです。この人が大丈夫って言ってくれてるなら大丈夫って思えたしこんなに応援してくれる人がいるならその気持ちに応えたいという想いでいっぱいでした。直前演習では最後まで満足のいく結果は得られませんでしたが、受験本番では全完に近い形で数学を終えれたので松谷さんの気持ちに少しは応えられたかなと思います。僕は松谷さんの事が大好きなので出来たらまつたに塾でバイトしたかったのですが、名古屋なので断念しました。笑
最後に松谷さんのいい所について後輩達にも伝えられるように書きたいと思います。たくさんあるのですが、2点に絞って書きたいと思います。1点目はめっちゃくちゃ応援してくれることです。塾の先生やったら当たり前って思うかもしれないのですが、そんなレベルじゃありません。合格報告した時にも思ったのですが多分松谷さんは僕よりも喜んでくれます。そのレベルで応援してくれます。上手くいかない時は同じくらい悔しがってくれます。模試などで上手くいかない時に励ましの声をかけてもらっている人も何人も見ました。2点目は寛大なことです。優しいです。ただそれだけです。僕の怠惰も暖かく見守ってくれました。この寛大さで僕は授業中は問題を解くことだけに集中出来ました。よくある先生に見られてるからとかそんなんは全くありませんでした。ただ早く問題を解いてやるって気持ちだけでした。また授業以外の時間はスマホ触りたかったら触ってても何も言われないし自分の好きなようにリラックス出来ました。
かなり長くなりましたが、最後は簡潔に、
松谷さんありがとうございました!

(※松谷注 最後の1年、特に部活引退後の追い上げ方は本当にすごかった!彼が言うように英数の下地と理科の強化が大事と教えてくれてますね!高校1年の最初からの彼の成長を、そして、その努力が最後に結実するのを傍で見ることができて本当に嬉しすぎて、連絡もらったときには発狂してしまいました(笑)気は優しくて力持ちというのを絵に描いたような青年なので、間違いなく良いお医者さんになるんじゃないかと思います!!)

大阪医科薬科大学医学部医学科 稲垣有紗 同志社高校

高1の春、母が探してきた松谷塾にお世話になることにしました。英語は得意だったのですが、数学に苦手意識があり、きちんとみてくれる個人塾が良いのでは、と母が考え転塾しました。松谷塾は進むのが早く数Ⅲを高2でやり、高3は数学の演習問題と理科に時間を割くことができました。
松谷塾で数学を先取りしていたので余力があり、学校の定期テストで受験に関係ない科目や副教科にも注力することができました。学校から出される課題やレポートも全力で取り組むことができました。推薦を視野に入れていたので、高1から高3まで良い評定をもらえるように頑張りました。
高2の時、松谷塾の復習をあまり真剣に取り組んおらず、1週間前に授業でやった問題が解けないという有様でした。松谷先生からこのままの態度なら受験やめろ、と厳しい指導があり落ち込んだ時もありましたが、母に、松谷先生についていけば絶対に間違いないからがむしゃらにしがみついて行きなさいと言われ、心をいれかえて頑張ることにしました。高3の10月に大阪医科薬科大の推薦を受けることに決め、試験科目である数学と生物と化学ばかりやりました。11月、入試数週間前になり、当時やっていた演習2が私にとって難しいと感じられ、一問あたりにかかる時間もかなり多く不安が募り松谷先生に相談しました。演習2から演習1に戻してもらい、先生が演習2の中からピックアップしてくれた問題だけやる、というスタイルに変更してくださいました。先生が、見捨てられかけた私のために対応して下さったのが嬉しくて、すべてがうまく変わっていくのが実感できました。その後の数週間でかなり伸びたと思います。当日は3科目とも自分が持っている最大の力を出せて、やり切ったという満足感と共に帰宅しました。苦手な数学もほぼ全部解くことができました。
松谷塾の演習1が私にとってはとても力になりました。自分では解けると思っていた問題が実は解けないことがある、という再確認になり、弱点を見つけることができました。また、プリントの余白にある松谷先生の手書きコメントが好きでした。別解や視点が書いてあり、先生の考えを知ることができ、とてもためになりました。推薦を考えている方のために、私が考えた推薦入試対策ポイントを書きます。
・学校のテストや課題、レポートは全教科頑張る
・学校外で行われる講座に参加する
私は京都大学の先生がされている、「京都の池の生態に関する調査」をして、パワーポイントにまとめて先生の前で発表するという講座に参加しました。推薦のことは頭になく、友達に誘われて参加したのですが、推薦入試の面接の時に興味を持って下さり、質問していただきました。自分の好きな分野なので自信を持って答えることができました。
・遅刻欠席をしない
・英検など、できるだけ早く高い英語資格をとっておく
松谷先生、3年間お世話になり、本当にありがとうございました。

(※松谷注 いやあ本当に良く頑張ってくれました。実際、彼女の内側に確かに数学を考える力があるのを感じていたのに、それをわざと発揮しないようにしているかのような学習がもったいなすぎて、本当に一時厳しくし過ぎてしまったかもしれません。でも、そんななかでも、高3の中盤くらいからは勉強の成果が少しずつ出てきて標準的な問題には対応でき出してきていました。持ち前の考える力もきらりと光っているのを感じていました。それでも受験直前は精神的にも肉体的にもかなり厳しそうに見えました。しかし、そんな苦しいときを乗り越えて、入試では最高の自分を出せたようで、最高の結果を得ることが出来たと聞いたときは、こちらも驚きと嬉しさで動揺してしまいました(笑)もともととても心優しい女性だと思いますし、思慮深い女性だなとも感じますので、間違いなくいいお医者さんになってくれると思います!)