ざっと答えを出せたり、大意を捉えるのと、細かく答案に表現するのはやや別の技術配慮が必要。

松谷です。

数学でとりあえずざっと答えを出せるのと、答案として点をもらえる状況に仕上げること。

英語の長文のざっくりとした大意をとらえてどんな英文かだいたい自分で理解できることと、それを設問に応じて答案に細かく表現すること。

これらは、やや別の技術、別の配慮が必要なものですね。

 

数学は、ざっと答えが合わせられたとしても、特に論理関係が重要な整数問題や論証問題などでは、論理の飛躍が見られた段階で0点まであり得ます。0点でなくても、たとえば、十分性の説明がないということで、点数が半分くらいになることもありえます。

もちろん計算問題であれば、計算結果が合うことの比重はとても大きいですが、ざっと答えを出せることと、しっかり合わせきることはまた一段階レベルが違うことかなとは思います。ミスらないような経験、慎重さ、見直し、などいろんな観点が必要ですからね。

英語においても、ざっと長文を読んでなんとなくこういうことを言っていたなと理解する能力(主に多読で使う能力)と、入試などの答案で表現する能力って結構違うような気はします。

だいたい理解する力って、結構人によってそのだいたいがまず違うんですよね。そのハードルが低い人なら、相当誤読していてもまあだいたいわかったと捉えますし、神経質な人ならすっきりしなかった部分を気にして全然読めなかったと思うかもしれません。

でも、答案にするとなると、そこはそれに求められる粒度というのがあります。全体の概要を答えるために記号を選ぶ問題、細かい部分の正確に読めているかを測る記号問題。和訳問題。説明問題。文法問題。それぞれに必要な粒度が違うわけですね。

なので、その求められているレベルでの出力ができないと、点にはしっかりなりません。

まあでも、多少ざ~っと大意を読む読み方でありつつも、しっかり深めるところ、丁寧に読むところではしっかり読むことができる英語の根本の力があるなら、コツさえつかめばおのずと得点は出てくるのかなと思います。

それは数学もですね。だいたい問題のツボが理解できていて、だいたい解けるという人は、答案に落とし込むための道筋の途中にいるのかなと思いますのでね。

 

なんとなくそんなことを思いましたね。

元となるしっかりとした数学力、英語力を蓄えながら、問題に応じて必要な答案にできるように練習していく。

まあ当たり前のことですね。はい。

 

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