質問するかしないかを分けるのはシャイさか、プライドか、それとも?
松谷です。
軽やかに質問できる人っていますよね。
最近入塾した生徒であっても、これまでの生徒であっても、そうだなと。
それは実際にはそこまで学力に関係ないかなと。
すごく苦手な人だから質問しているとかいうわけでもなく、
めちゃくちゃ学力が高い人であっても、案外さらっと聞いてるんですよ。
ただ、自分の疑問をぶつけて解消するだけですのでね。
ただ、まああんまり質問とかできないタイプの人もいます。それは理解できます。
しっかり自分で考えきりたいとか、それ自体はめちゃくちゃいいことかなと。
自分で考えを放棄したような感じで、何も考えないで質問だけする人もいますからね。それはそれでまったくダメなので。
ただ、自分のプライドを守るためにとか、シャイだからとかいう理由で聞けない人もいるかと思います。
そういう場合はこちらから声をかけるのですが、実際には限界がありますのでね。自分で課題感を感じて行動を変えないと根っこのところは変わらないので。
こんなこと聞いたらバカに思われるんじゃないかとかいうのを危惧している人もいるのかもしれませんが、塾の講師やチューターの先生はそれを解消するためにいる存在なのでね。分からないということはむしろ教材とかが分かりにくい部分だからこちらのせいとも言えますしね。
まあ上手く行っていたらなんでもいいんですよ。
好きなやり方でやってくださいと。
でも、もし、何か今の方法で現状を打開できない場合があれば、違う作戦をとるべきだろうなと。(見た目上まだ成果は出てないけど、実際は上手く行くための途中を着々と歩んでいる場合もあります。それはこちらには分かります。)
上手く行ってなければ、変なプライドを捨てて人に頼ってみるというのは大事な作戦変換の一つじゃないかなと。
もちろん、他にもいくつも現状を打開する方法って存在するとは思います。(自習室を使ってみるとかも一つでしょうし。勉強量を増やしてもみるというのも一つでしょうし。)
これから人生でいろいろと壁にぶつかったりすることってあると思うんです。勉強にせよ部活にせよ何にせよ。そういうときにどのように行動を変えて乗り越えて行けるかって、結構大事なことな気がしますね。
レジリエンスってやつですね。


