小学生の割合かあ。くもわの図は正直知りませんでした。
松谷です。
今年の4月から小4で始めたばかり子が割合とか学んでいることが多いです。
割合というのは「何の何倍か」というだけの話で、あとは「小数と%と歩合と分数の換算」だけわかればいいかなと思います。
でも苦手にする人が多いともされている単元です。
その苦手を解決する技として、あてはめれば誰でもできるようにする目的で、いつからか、「くもわ」という図が開発されていました。くらべる量ともとにする量と割合というのの関係を図式化したものということです。
これ本当に僕は大人になるまで知りませんでした。
また、それと時を同じくして?「はじき」というものも開発されていました。
これは速さと時間と距離を図式化したものです。
でも、みんなの苦手を解決しようと考え出されたまさにその図により、逆に何も考えなくなる子が量産されているという点が問題視されているとも聞きます。
一方で、それでも救われる子がいるから、意義深いという意見も聞かれます。
「くもわ」については、
100円の3倍が300円というのを図にしているということかなと。
でも、元にしている100円(元にする量)の3倍(何倍というのが割合)だから100×3=300(比べる量と呼ばれているもの)って当たり前と思える感覚が結構大事な気がします。倍というが掛け算になるという部分や何が元になっているという部分に少し感覚があるとは思います。
100円の半分(0.5倍)が50円。も数字変わっただけで一緒。
でも、確かに50÷0.5を計算してもとになる100円が出てくるのは少し気持ち悪いという気持ちはわかります。だからちょっとごちゃごちゃしそうになったらいっそ掛け算の式を考えてただ逆算しているだけというのでいいとは思います。
もしくは、割り算を分数の掛け算としてとらえてあげると気持ち悪さがなくなるかもしれませんね。(□円のの2/3倍が200円と聞いて、2で割って一つ分にしてから3かけたら3つ分になるから□円が出るなというのを徐々に無意識に3/2倍したら出るなみたいな感じとか。)
「はじき」については、
速さ×時間=距離は速さのただひとつの公式と言えるものな気はします。
でもこれさえも、
時速100kmの車(1時間で100kmすすむ)が5時間走ったら100×5=500km進むって当たり前だという感覚は大事な気はします。
でも、このあたりは、数十年にわたる小学校の先生や、小学生対象の塾の汗と涙の結晶としてそのような道具が開発された経緯があると思いますので、完全に否定することはできないのは確かです。小学生は本当に思ったよりいろいろな生徒がいますから。しかも、うちが小学生教育を極めているわけでもないですしね。
結局、算数が得意や好きな生徒しか受け付けていないうちの小学生部のようなところから捻り出される意見や結論というのは偏っているんだとは思うんですね。
僕がそんな図はまったくいらん!というは簡単なことですが、それは日本全体から見たら少数意見になるのかもしれないなとも思います。
しかし、本当にいつから出てきたんだろう、この「くもわ」と「はじき」。