大学生のAIの使い方から大学教育を憂う。

松谷です。

チューターの京大生と話しているときに、AIの話になったんですね。

最近は、AIが東大や京大の鬼難の数学を30分くらいで全問完答するようになってきていて、人間がAIができる問題を入試問題として解くことに対する意義は何か?みたいなことがよく話題になっています。少なくとも入試数学や数学オリンピックなどの領域で考えたときには、もう入試での首席くらいの人間が最新AIには勝てなくなっていますのでね。

だから学生の能力を測るひとつの指標として今のような入試問題に取り組ませるというのが本当に最適かというのは問われるようになっています。

実際には、AIが出力できたしてもその過程を知って理解し読み取れることはかなり大事で、しかも、理解したとしてもそれを自分でアウトプットできるかについては人間側にはかなりの努力の過程が必要なんですよね。

なので、「現時点では、」知識や考え方を押さえて自ら議論を理解し構築する能力を磨いていくのに、今の入試問題を解けるようになることは意味があることだとも僕は思っています。だからまだ塾としては意味のある価値提供が出来ていると感じています。計算はAIがやればいいだろうとか、単純暗記はいらないとか、いや発想の起点として暗記していることは価値があるとか、いろいろな意見が出ていますが。

でも、本当にAIの能力が爆発的に上がってきている関係で、大学入試を超えて大学教育範囲の問題でも瞬間的に答えられるようになってきているんですね。そんなもあって、チューターの先生とAIの話になったんです。

最近の大学でのAIの使い方ってどうなの?って感じで。

で、聞いたんですけど、最近のAIは大学のレポート課題とか演習課題でも一瞬で解いてくれるんですって。だから結局それで提出するようになっていると。

しかも、「一生懸命自力でやったレポート」と「AIでやったレポート」を比べると「AIでやったレポート」の方が評価がいいみたいなことが頻繁に起こってしまっているみたいです。

他のチューターの先生に聞いても同じで、結局レポートや演習課題でAIを使用していない人はほぼいないような感じになっています。

使っている大学生自体も感覚的にはまずいという風にも思っているみたいです。どんどん頭を使わなくなって死んでいっているみたいな。ただ、現状の大学の授業や課題での最適行動を考えると自然にそうなってしまうとのこと。

う~ん、これを聞いて、大学教育自体がどうなっていくのかがかなり気になりましたね。

まあレポート形式をやめてテスト形式にしたら頭にたたきこんでいくことにはなるとは思います。そうしたら、覚えたりする負荷が高まりすぎるかなとも。でも持ち込み可にしたら、辞書じゃなくて、PC持ち込み可にした時点で一緒なのでね。

でも、そもそも大学入試にもAIカンニングがそろそろ入りだしてもおかしくないような気がします。眼鏡に仕込んだカメラで画像を読み取って、それをAIに考えさせて、眼鏡の画面に答えを写すとか。

そんなSFみたいなことが、実際には技術的には現在でもほぼできるんじゃないかなと思います。

う~む。教育業界自体も大きな変化の最中に居るなと感じますね。もちろん他の産業もそうでしょうけど。

 

 

 

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