お土産乞食?
松谷です。
お土産乞食?
という言葉をふとなんとなく作りたくなりました。既にその言葉があるのかどうなのかは知りません。
なんでこの言葉を作りたくなったかというと、お土産をとても多くの方が下さるからですね。
あれっもしかして僕って・・・?
お土産については、親御さんとかが面談とか保護者会とかで下さる場合もありますが、何より生徒がやたらくれるんですね。で、まあお菓子とかがほとんどなんですが(たまに通な食べ物やコーヒーなどを頂く時も!)。
いや、これ自体はほんとひじょーにひじょーにひじょーに嬉しいんですね。
僕自身は、本当にお菓子ばっかり食べてる人間です。
それは最初に働き出したベネッセでオフィスグリコ制度が開始したときから始まりました。仕事中にお菓子を食べる幸せを知ってしまって、それ以降、部署が変わっても、個別指導塾に出向しても、稲荷塾に転職しても、自分で独立してもずっとです。
コーヒー(たまに緑茶や紅茶)とお菓子を組み合わせるとさらにおいしいということに気づいてからはそれが完全に定着しました。
お腹周りですか。ええ。。まあ。。
ということで、そんな日々のお供を頂いてる感じで、当然嬉しすぎるわけですね。しかも、教室お菓子として置いておくことで、日頃頑張ってくれているチューターの先生を労うこともできるわけで、メリットしかないわけですね。だからただただ嬉しいなあと思ってお土産を受け取ったら、まあ一瞬で消費しています。
しかし、よくよく考えたらぼくの机にお菓子の箱があって、それの空白が目立ち始めると、まさにそれは路上にいる物乞いのように見えてしまっているのか?!と思ったわけですね。。
つまり、これはお土産を強制的に要求するような物乞い、つまりお土産乞食なのか?!ってね。
いや生徒が旅行に行って、家族とかにお土産を選ぶときに、塾の先生にもついでになんか買ってくかな、みたいなことをわずかにでも考える時間をとらせるのは結構申し訳ないなと感じもするわけですね。
でも、それでもとっても嬉しいわけで、まあambivalentな感じなわけです。
まあ、そんなことをちょっと思いながらも、結局、お菓子をとる手は止まらず美味しく頂いております笑
ちょっと申し訳ないのは、お土産を頂いて嬉しくても、僕は全員の指導に常に必死にやってるだけなので、それ以上に何か指導が変わるわけではないんですけどね。。そこはすみません。。厳しくいうときは変わらず厳しいですしね。。フラットにしか考えられないというか。。